
受講生A子の日記
第一章:平気なふりの毎日
「大丈夫。まだ頑張れるから。」
そう言い聞かせるのが、もう癖になっていた。
朝、鏡の中の自分は笑っていた。でもどこか、空っぽだった。
仕事も人間関係もそこそこ順調。
でも帰り道、誰にも会わない電車の中でふっと涙がこぼれそうになる瞬間がある。
理由なんて、わからない。わかりたくもなかった。
ある日、何気なく見ていたSNSの投稿。
「まだ頑張れるけど、心が削れる音がした」
その言葉に、なぜか動けなくなった。
“これ、私のことだ。”
その瞬間、心のどこかで封印していた扉が、そっと開いた気がした。
第二章:わかっていたはずの自分
心の奥から湧いてくる違和感。
だけど、それをどう扱えばいいかわからない。
「ちゃんとしなきゃ」「迷惑かけちゃだめ」
そうやって生きてきた。
感情に従うことは、わがままだと思っていた。
でも、あるワークショップで「今、どんな感情がある?」と聞かれて言葉に詰まった。
何も出てこない。泣きたくなるのに、泣けなかった。
そのとき、隣にいた女性がふとつぶやいた。
「私もずっと、感情って“わかるもの”だと思ってました。でも、感じるものなんですね。」
胸の奥が、ぐっと熱くなった。
ああ、そうか。
わからなくてもいいんだ。
今はただ、感じるところから始めていいんだ。
第三章:進みたいのに、足がすくむ
「これやってみたいな」
そう思えるようになったのに、いざとなると体が動かない。
やりたくないわけじゃない。
でも、心がついてこない。
「また同じことになるんじゃないか」
「うまくいかなかったらどうしよう」
気づけば、また立ち止まっている自分がいた。
泣いたはずなのに、吐き出したはずなのに、
気づけばグルグルと、同じ場所を回っている。
そのとき、ふと教わったことを思い出す。
無理に進もうとしなくていい。止まり方を、練習しよう。
立ち止まって、深呼吸をする。
何も考えず、ただそのまま感じてみる。
しばらくして、胸の奥からふわっと出てきたのは──
「あ…わたし、悲しかったんだ」
「ほんとは、怒ってたんだ」
気づいた瞬間、スーッと涙が流れた。
言葉にならなかった想いが、すこしずつ輪郭を持ちはじめる。
そしてその日の夜。
小さな行動ができた。
ほんのひとこと、「これ、やってみたいんです」と言えた。
誰かが驚いたわけでも、拍手してくれたわけでもない。
でも、自分の中で静かに鐘が鳴った気がした。
ちゃんと、前に進めた。
第四章:私を選ぶ力
「どうしたい?」
その問いに、以前の私ならきっとこう答えていた。
「どっちがいいと思いますか?」
「周りはどうしてますか?」
でも今は、違う。
少し間をおいて、ゆっくりと、でも確かに口から出た。
「こうしたいです」
誰かの顔色を見たわけじゃない。
“正解”を探したわけでもない。
ただ、自分の中にある「しっくり」に従った。
たったそれだけのことなのに、心の奥がじんわりと熱くなる。
なんだろう、この感じ。
…嬉しい。
初めて、自分で選べた気がする。
もちろん、まだ怖さはある。
不安になる夜も、答えの出ない時間もある。
だけど、もう大丈夫。
たとえ揺れても、戻れる場所がある。
「私に戻る方法」を知っているから。
進み方だけじゃなく、止まり方も手に入れた私は、
もう“振り回される側”じゃない。
人生を、自分の足で歩ける。
どんな道を選んでも、「これが私の選んだ道だ」と言える。
終章:その違和感は、兆しだった。
あの頃の私は、
“感じないようにすること”が、大人になることだと思っていた。
平気なふりをして、
正しさで塗り固めて、
期待に応えながら、自分を置いてきぼりにした。
でも――
心は、ずっと教えてくれていた。
ため息の奥で、違和感が小さく灯っていた。
「ほんとは違う」と、何度も何度も、伝えてくれていた。
気づくのが遅くたっていい。
こじらせて遠回りしたっていい。
あの“違和感”があったから、
私は、私に出会いなおすことができた。
もう、大丈夫。
誰かの期待じゃなく、自分の気持ちに正直に。
「どうしたい?」の問いに、「こうしたい」と答えられる。
そんな人生を、私は選んでいく。
これからもきっと揺れる。怖くなる。迷うこともある。
でもそのたびに、戻る場所がある。
自分と噛み合う感覚を、ちゃんと持っている。
だから、私は進める。
心が噛み合えば、人生はカラッと動き出す。
そう信じて、今日も私は歩いていく。